Research

 脳はどういった原理に基づき、認知・思考・記憶・感情といった高次機能を実現しているのでしょうか。この謎を解き明かすためには、その構造的基盤である神経回路網の理解が必要不可欠です。構造無き機能は無い —形能不離— からです。
 我々はこれまで、高い空間解像度をもつ形態学的解析によって、中枢神経系のネットワーク構造解析を進めてきました。そして、神経細胞はランダムにシナプス結合するのではなく、特異的なルール —シナプス結合則— に従ってネットワークを形成することを明らかにしてきました。脳だけでなく生命現象全般に通じる「特異性」という概念を軸にして、神経ネットワーク構造の解析を行っています。
 一方で、形態学的手法によるネットワーク構造解析は手間暇がかかるものです。「かたちをよくみる」バイオイメージングの技術革新を目指し、形態解析を加速するツール開発にも取り組んでいます。
 さらに、形態学的解析で得られた知見をもとに、分子生物学・生化学・電気生理学・行動学・理論神経科学などへと分野横断的に研究を展開し、高次機能を実現する脳の動作原理解明を目指しています。

● 大脳新皮質のグランドデザイン
 大脳新皮質は「比較的均一なカラム・モジュール構造から構成される」というのが現在のコンセプトです。モジュール構造は情報処理の最小機能単位であると想定され、長年に渡って大脳新皮質全体に一貫した基本単位であると考えられてきました。しかし、各領野で処理すべき情報は異質なものであり、大脳新皮質の構造には真にグランドデザインとでもいうべき構造原理が存在するのでしょうか。
 我々は、第1次体性感覚野(S1)と第1次運動野(M1)に共通するネットワーク構造がある一方で、各々の領野に特異的なネットワーク構造もあることを見出しています。この知見をもとにして、① 皮質全体に共通する、いわば普遍的な神経ネットワーク構造と、② 領野毎に異なる特異的な神経ネットワーク構造を解明し、大脳新皮質の均一性と不均一性を統べる新規コンセプトの確立を目指しています。

● 中枢神経のネットワーク構造解析
 大脳新皮質だけでなく、視床・大脳基底核・海馬など様々な脳部位の神経ネットワーク構造解析にも取り組んでいます。遺伝子工学技術や透明化技術など最新の解析ツールを用いることで、従来の手法では観ることのできなかった回路構造を同定することが可能になり、神経解剖学は新たな時代に突入したといえるでしょう。

● 各種疾患モデルの解析
 神経変性疾患モデルマウス(アルツハイマー病とパーキンソン病)を用いて、発症前の超早期に生じる神経ネットワーク構造の変容を捉える技術を開発しています。さらに各種バイオマーカーの有用性および疾患修飾薬の効果を形態学的観点から検証する手法の開発も行っています。
 また、慢性心理ストレスがシナプス改変を通じて神経ネットワーク構造を更新するメカニズムを、形態学的手法により解析しています。さらに、生体反応の計測や、血液バイオマーカーの探索も行なうことで、個体の内部状態を反映する形態学的・生理学的・生化学的パラメタを抽出し、そのパラメタを指標とした心理ストレス対処法の創出を目指しています。

● 形態解析に役立つ基盤技術の開発
 「かたちをよくみる」バイオイメージングは、生命現象の真理を理解する上で非常に重要なステップであり、「標識」「観察」「解析」といった各要素において高度な技術が要求されます。対象とする構造物を効率的に標識する目的で、各種ウイルスベクターの開発や増感法の開発に取り組んでいます。特にウイルスベクターについては、世界に先駆けてTetOffシステムを介したin vivo遺伝子導入に成功した実績をもとに、様々な高発現型アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを開発しています。
 また、「観察」「解析」の進展も喫緊の課題であり、透明化技術の応用開発を進めています。電子顕微鏡観察にも対応する「ScaleS法」の改変を進めており、「マクロ−メゾ−ミクロ−ナノ」の各階層をシームレスに解析できる実用的な手法の開発を進めています。

● 今後の展開
 「かたちをよくみる」ことで得られた知見をもとに、分子生物学・生理学・理論神経科学などへと分野横断的に研究を展開しています。形態解析を基点とした研究体系を創成することで、高次機能を実現する大脳新皮質の動作原理を解明し、各種精神・神経疾患の病態解明・診断・治療法の開発につながることを目指しています。